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 佐山展生教授の「企業価値向上論Ⅱ」2016年1月12日のゲストスピーカーとして登壇されたのは、株式会社サニーサイドアップ代表取締役社長、次原悦子氏です。サニーサイドアップはPR会社として昨年、創業30年を迎えられました。

次原悦子氏 プロフィール

“たのしいさわぎをおこしたい”PR会社サニーサイドアップの代表取締役。1985年高校生の時に母親と共に創業。“商品”“企業”“人”のPRで業界No1に会社は成長し2008年に上場。PRノウハウを活かしたアスリートマネジメントも手がけ、中田英寿、前園真聖、北島康介などのアスリートを世に送り出した。近年では「世界一の朝食」を提供するレストランbillsの展開や、音楽と社会貢献活動を融合させたRockCorpsの開催など、数多くのムーブメントを作っている。

 ※「黒子に徹する」という次原氏の方針に従い、本サイトでは掲載写真を配慮しております。

創業の経緯

創業は次原氏が高校2年生の時。PR会社で働いていたお母さまが独立開業するにあたって、同級生の親友(現・ヴァイスプレジデント)と共に創業に参加されました。ところが、創立から数年後、お母さまは香港に居を移し、まだ軌道に乗らない会社を20歳そこそこで受け継ぐことになりました。

当初は会社としての知名度もなく、クライアントも小規模で低予算でしたが、次原氏自身は世の中に参画することがうれしく、「気合と根性」で目の前のことをひとつひとつこなしているうちに会社が成長していった――と振り返られました。

「伝える」メカニズムを会得した転機

次原氏31990年、次原氏は『吹きこぼれない鍋の蓋』をPRしてほしいという依頼を受けました。クライアントは、その商品に命運をかけた小さな会社。懸命にリリースを書き、各メディアに持ち込みましたが、相手にされなかったそうです。そんな時、大型ホームセンターでプライベートの買い物中に、「キッチンの便利グッズ」として様々な商品が販売されている事に気づき、ひとつの商材ではニュースにならなくてもアイディア商品全体を提案してはどうか、との着想を得ます。約1万円で10アイテムほどの「面白グッズ」を買い、まとめてメディアに再アプローチしたところ反響は上々で、女性誌では商材(鍋の蓋)を中心に、特集記事を組んでもらうことにも成功。この記事は情報番組でも取り上げられました。これが、低予算でも切り口次第では効果的に世の中に出すことが可能だと学んだ、最初の経験だと話されます。

 

市場のないところに市場を作る

 PR会社は広告代理店のように直接広告を打って伝えるのではく、メディアを介して伝えてもらう作業のため、どうすればニュースとして取り上げてもらえるかを考え、メディアが「伝えたくなるもの」を提供することが必要です。次原氏は様々なクライアントと、PRを通じて、人、商品、物事に付加価値を与える業務を展開されました。差し替え画像SSU

 長年取り組まれてきたスポーツビジネスの端緒は、当時は競技としても知名度の低かったトライアスロンの宮塚英也選手。やがてサッカーの前園真聖選手のマネジメント、中田英寿選手のエージェントとなりましたが、スポーツ選手の利用価値はコマーシャルだけではないという直感から、スポーツの実力はもちろん、付加価値で選手たちをPRすることに努めました。また、ポジティブなPRのみならず、リスク管理、危機管理対応にも真摯に取り組まれています。

さらに、2008年にはオーストラリアのレストランター「ビル・グレンジャー」に注目し、「bills」を日本にオープン。「世界一の朝食」とのキャッチコピーで、朝食文化を広め、現在は全国に5店舗を展開するビジネスに成長させました。また、追従する競合店も合わせて紹介する戦略により、パンケーキブームも起こりました。飲食店経営にも乗り出されましたが、あくまでPRの延長線だと仰います。

 

株式上場を果たし、次のステージへ

 2006年、中田英寿選手の現役引退によって会社がひとつの節目を迎えたことが、2008年の上場のきっかけだそうです。これまでの事業を振り返り、取りこぼしてきた、より大きなビジネスチャンスをものにしたい。受注型ではないビジネスモデルを実現するために、株式市場において資金を調達する手段を選びました。上場は、企業価値向上のステップと捉えていると語られました。

会社とは人生のステージであって、仕事は自分が生きてきた中で培った価値観の表現。会社という場で社員それぞれが自分の舞台を演じ、いつか振り返った時に、会社での仕事も含めて楽しい人生だったと思える、そんな会社を理想の会社とし、そうした社員をどれだけ輩出できたかが「いい経営者」の基準だと考えている、と話されました。