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masa-2佐山展生教授の「企業価値向上論Ⅰ」2016年11月1日にのゲストスピーカーは、野球解説者の山本昌氏にお越し頂き、息の長い第一線選手としての人生をお話しいただく中から「転機をチャンスに変える」働き方についての秘訣をご講演いただきました。

「ずっ と補欠だった」と自身の中学生時代を振り返り、チャンスがやって来ない中、あきらめず、腐らず、“いつチャンスが来てもよい土台作り”として毎日4Km 走る事に決め実行していたと話されます。そして突如やって来た1チャンスをものにし、スポーツ推薦で高校に進学しますが、高校でも「ずっと補欠」の日々。ここでも1年先輩の1人と共に雨の日も風の日も8Kmのランニングを続けますが、神奈川大会で敗退してしまいます。この先は教師になろうという思いもあり大学進学を予定していたところ、突然に中日から指名され、人生の岐路に立たされます。ドラフトでの指名は、神奈川県高校選抜チームの一員として戦った韓国戦が評価されての事でした。そして、18歳での決断は、「3年やってダメだったら勉強し直せばいいと腹をくくった」との事。

プロ入りしてからもいつクビになるかと安心できない日々を過ごすなか、入団5年目にキャンプで行ったアメリカにご本人曰く「捨ててこられた(交換留学)」そうです。日本に帰ればクビになるだろうし言葉は通じないし、、と暫し腐ったものの、淡々と練習を始めたときアイク生原さん(野球殿堂入り)との出会いがありました。生原氏の指導のもと、だんだんと力をつけていきますが、この時も「いつかチャンスがある時のために力をつけ続ける」「一生懸命やっていれば誰かが見ている」「まだまだ先がある、まだまだ先に花開く」との思いで続けられたそうです。

帰国後の日本での活躍のベースには、この様な経験の積み重ねがありました。ところが、指導者としてダメな人は「自分の経験を押し付けてくる人」ともおっしゃいます。ご自身は、自分の積み重ねた経験だからこそ、調子の良し悪しを自分でわかり、柔軟に考えられるようになった。毎年、自分のフォームを崩してから立て直し続けられる様になった事で、大きな怪我もなく現役を続けられた、コアが分っているから崩すのが怖くなくなるのだともおっしゃいます。

最後に、転機とは後になってわかる事ではあるが、「ある決断を下すとき」すべてが転機でありえ、プラス志向で流れを予想して置く事が大切であると結ばれました。

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